AAR/Ver1.9の別ゲーと化したVic3再入門 in ベルギー

もはや最良の条件を待っているべき時ではない

レオポルド二世の言葉らしいです。だからって手足ちょん切るのはどうなのよ。

目次

あらすじ

ベルギーは永世中立国にこそなれなかったものの、
英米普との友好を保ち、同時にダホメやモーリタニアといった西アフリカに経済圏を確立しつつありました。

移民と健康保険によってゲーム開始時の倍以上になった人口やボリナージュ炭田、
西アフリカのゴムプランテーションを背景に、急速に工業化へと向かうこの国の未来や如何に。

じゃけんレオポルド二世になりきっていきましょうね。

労働者の時代

ベルギーは最初から「富裕者投票」を持っていて、
実業家やプチブルを持ち上げて近代化を進めやすいのは先に述べた通り。
そんな実業家のリーダーが運よく「民主主義者」になってくれたら、それはもうチャンスなんですね。

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1875年、「普通選挙」制定。

ただしこいつは女性参政権を含まないことに注意。
それでも、とうとう我が国でも労働者IGが出現するように。

世界大戦一歩手前

1879年、仏が英にスラカルタ (今のインドネシアの街ですね) の移譲その他諸々を突きつけ宣戦。
仏側に成立したての北ドイツ連邦が、英側にアメリカが付いて殴り合いを始めたからさあ大変。

英米はともかく仏独は仲良すぎでしょ。
弾薬と食料品を輸出して一儲けするしかありませんね(?)。

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摩天楼

「世界を苛む亡霊」ジャーナルのイベントで「規制機関」を制定後、
1880年に初めて実施された普通選挙は「急進党」が第一党に。
1883年に「累進課税」、翌84年に「大規模徴兵」も無事に可決。

この直前にチュートリアル「地位の確立」が完了。
説明文の「戦力ランクって何だ?」ってなっていたのですが、
平均生活水準が世界1位になっていたのでこれのお陰でしょうか? わかんにゃい。

1884年にはブリュッセル摩天楼が、1886年には最初の自動車工場が完成。日本の発明品じゃありません。

かくしてベルギーは急速に、生活水準向上と同時に富国強兵への道を確立するに至ったわけです。

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大ドイツ

妙に発動機産業が低調なので確認すると、その多くがワロンの取引所経由でドイツから輸入されているものだと判りました。
押し負けてしまっているようです…ん? ドイツ??

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なんということでしょう。オーストリアがプロイセンへの合流を認めたらしく、
ハンガリー王冠領ボヘミアなどを含むいわゆる大ドイツが爆誕しているではありませんか。
おまけにオーストリアが従属させていた両シチリアまで引き継いでいます。普墺戦争に続いて普仏戦争までキャンセルとは。

友好国じゃなかったら命取りでしたね。
また、これ以降ロシア・スペイン同盟はかなり大人しくしていた印象です。

ちなみに植民地のモーリタニアではこの影響を免れていたらしく、
フランコ・プロヴァンサルやカタルーニャの移民たちのおかげで発動機を生産できていました。

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狂犬の解体

問題はフランス。ドイツとの同盟を失ったにも拘わらず「従属国の移譲」で一生英仏戦をやっているあり様。
今回のフランスは悪名システムをご存知でないらしい。
世界2位じゃなくなったとはいえさすがに怖すぎる。なんとかしたいですよね?

1896年の英仏戦 (やっぱり仏が仕掛けた側) にて、ベルギーは「オクシタニアの解放」を条件にイギリス側に加勢。この手に限る。

「大規模徴兵ったって1州に100レベルも兵舎建ててどうするのさ?」って思っていた時期が私にもありました。
2州しかないベルギーでも移民が増えれば職業軍人20万を揃えられるんですよ。

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軍需は輸入頼り気味になってしまいましたが、
英米と仲良しかつ民間建設で取引所が何百レベルにもなっている我が国に隙は無かった。
金属会社と金属加工会社、そして食品加工会社に貿易権を与えておいてよかった。資本主義バンザイ

スクショを忘れていましたが「レッセフェール」と「言論の保護」も既に通っていたはず。研究も建設も止まらない。

前頁では書き忘れていましたが、戦時中は政府の建設をやめて民間に任せることで予算を確保しています。

1896年10月開戦。ドイツは付いてこなかったので映す価値無し。
翌3月には3度目のパリ炎上。

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ちょうど1年で終戦、人口約15Mのオクシタニア共和国が独立。

フランス・オクシタニア国境は中央高地があるくらいで平地が多く、守りづらい。
この新しい国をこちらに引き込んでしまえばいい抑止力になるんですね。

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新しい世紀、本当の自立のとき

そうじゃん、ウチ今イギリスブロックのメンバーじゃん。

離脱するには我が国への「勢力」を減らさないといけないのですが、
この頃にはイギリスも本性を現わして紛争に明け暮れており、悪名によってこの値にデバフが掛かっていました。
あとは防衛協定などから抜けちゃえば、これが一気にマイナスに。

「一生ついていく」? 先代の一生ならもう終わっていますが。

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1900年12月7日、ベルギー主導の関税同盟『自由商取引委員会 (FCC: Free Commerce Commitee)』を立ち上げ。

承認国・非承認国問わず条約を締結し続けてきた甲斐あって3年後には加盟してくれる国が現われるように。
長年の同盟国ポルトガルはわざわざイギリスブロックから離脱して付いてきてくれました。ありがたい。

本命だったオクシタニアも同時期に加盟。
経済圏が繋がって相手のGDPが爆上がりするの気持ちええんじゃ。
それと凄い勢いで移民を吸える。おいちい。
「電弧法」で増産した鉄鋼で海外投資も加速。

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さらに1907年には最大の貿易国のひとつだったオランダも。
分割州も全て解決済みの低地地方が経済的に統合される形になったのは悲願と言えるかも。
フリースラント州の石油がうまいうまい。

少し戻って1902年に「女性参政権」、1904年に「小学校義務教育」、1905年には「多文化主義」も制定。
タイミングよくフェミニズム運動が盛り上がり、
そこにベルギー労働者党・自由党連立政権が乗っかってくれて助かった。
いよいよ真に全てのベルギー国民が自立するときが来た、というわけですね。

移民大国のはずのアメリカからも、受容されなかったネイティブアメリカン達が。皮肉。

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これはいつの間にか完成していたパナマ運河。ありがたい。
イギリスといえばあの後も友好国で居続けてくれていて、
条約でソマリランド州の一部を貰ってはメンバーになったマジェルテーン・スルタン国に統合してもらったりしていました。

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メンバーの危機、盟主の危機

1909年、フランスがズールー王国に保護国化を要求。ウチのメンバーに何てことを。

と言っても関税同盟なので安全保障上の取り決めは特に付かないんですよねこれ。
てめーはおれを怒らせた。アメリカがズールー側に付いたことを確認して無条件参戦。

そうしたら相手方にはなんとドイツが付いてきてしまった。なんてことだ、もう助からないぞ!

というかいつの間にか独仏同盟が復活しているじゃありませんか。
こちらは負債の肩代わりまでしてドイツから防衛協定を引き出していたというのに。

完全にプレミだけれど、
モーリタニアにも兵舎を建て増しして464大隊になったベルギー軍の腕試しということで、白紙和平を目指します。

7月12日開戦。

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塹壕歩兵に更新したのもあり防御は完璧。
祖国の荒廃を許すことなく、経済活動を止めることなく、切り抜けることだけに集中して。

砲兵がほぼ居ないこともあり攻勢はあまり手伝えませんでしたが、翌年にはアルザス=ロレーヌ州が占領されドイツは降伏。
これはアメ様。一生ついていきます。

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その年の末には4度目のパリ炎上。まさかの完全勝利。

しかしこちらもただでは済まず、数万もの死傷者が出てしまいましたね。
やはり欧米同士で殴り合うのはコスパ最悪。
これからは独立保証なども忘れないようにしましょう。

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Léopold III

1912年5月2日、レオポルド二世崩御。

砂漠が広がっていたモーリタニア・ヌアクショット市さえも急速に都市化していく様を見て、彼は満足したのでしょうか。

それと後継者は…おや、同じ名前。どうやら嫡出子に恵まれた世界線にたどり着いたようですね。
このまま少ない州でどこまでいけるかな。つづく。

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