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* (後編)狂乱の世紀 [#l6541035]

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19世紀が終わろうとする頃、ドイツ帝国の覇権は確かに完成しつつあった。
長足の経済成長の末に、20世紀のドイツ国民はどのような景色を見るのだろうか。

** ペルシア戦争 [#vae6648f]
ドイツ帝国の保護下となった時には、既にペルシアの国土は英国によって分断されていました。
その国土の帰趨を巡って独英の同盟関係は崩壊し、二次にわたるペルシア戦争が勃発します。

第一次ペルシア戦争ではドイツ帝国が陸上戦で優位に立ち、ペルシア全土を占領しながらも英国本土への決定打がなく、粘り勝ちのような形で西部数州のペルシアへの返還を以って決着します。
5年後、初めてシーパワー国家と正面から対峙した反省を基に海軍を増強したドイツ帝国は、電撃的にロンドン上陸を成功させ、全土の返還を認めさせてペルシア問題は解決。
ドイツ帝国はこれを最後に積極的な拡張政策を転換し、勢力圏内の支配強化と経済発展へと舵を切りました。

** イタリア統一 [#sc596f9a]
イタリア半島には依然としてサルデーニャ、両シチリア、教皇領、ドイツ支配下のロンバルディアと小国が林立していました。
これに対し、ロンバルディア公国を傀儡国から解放し、イタリア統一を支援してこれを欧州における信頼のおける同盟国とすることを画策します。

結果、サルデーニャを除く3国がロンバルディア主導で統一され、独立した同盟国の列強としてドイツ勢力圏下に加わります。
この同盟はしばらく続きますが、1920年代に突然イタリアはドイツ帝国を敵視し始め、一時は戦争の危機に陥ることとなりました。

** 無税国家 [#eb5c7317]
十分な支配圏を確保した後は、経済成長に注力します。
GDP、1人当たりGDP、生活水準をどこまで引き上げられるかが終盤のプレイ目標となりました。

生活水準を高め、需要を喚起するために、まずは課税法を比例課税から累進課税に変更。
税収減となりますが特に下層・中産階級の財力に余裕を持たせます。
その後、累進課税で税率を最低にしてもかなりの税収が余るようになってきたため、大胆な減税政策を実行することにしました。

課税法を「消費課税」にすることによって、所得税と配当税を廃止します。
法改正時点では自動車と美術品に消費税を課し、いくらかの国有施設収入を加えて均衡財政を保っていましたが、最終的には属国の経済成長により上納金が+2.2M、これに鋳貨を加えた収入だけで黒字という収奪経済システムが実現しました。

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** 戦時下の四年 [#ta0ff8ba]
ドイツ帝国はこれ以上の拡張の意志を示しませんでしたが、列強諸国は果敢に挑戦を続けてきました。
特に1928年から1931年にかけては欧州を中心に広大な地域が戦火に包まれることとなります。

*** 大同盟戦争 [#w5170e60]
1928年、英国からエジプトの移譲を突き付けます。
英国とはペルシア戦争以来敵対状態を脱出するべく関係改善を目指してきましたが、世界覇権が完全に移行したという屈辱には耐えかねていたようです。

しかし、この際、同じようにドイツと敵対した過去があるフランスとロシア、さらに数年前に同盟破棄を一方的に通告し関係破壊さえ行っていたイタリアまでもが反英という一点で団結し、対英大同盟が結成されるに至りました。
イタリアはこれをきっかけにドイツに対する敵視政策を転換し、再同盟に至ります。

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この戦争で英国本土は徹底的に蹂躙されます。
第二次ペルシア戦争時でさえ電撃的にロンドンが占領されたのみに留まりましたが、今回は4ヵ国連合軍にブリテン島全土を占領されるという致命的な傷を負って脱落します。
その後インドで大反乱が起きますが、こちらは辛うじて鎮圧に成功したようでした。

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*** 世界大戦 [#yb796d4e]
1930年、今度はフランスに従属国の割譲を要求され、スペインおよびアメリカが敵に回りました。
イタリアは再同盟していたためドイツ側で参戦し、先の戦争で力尽きた英国を除いた全列強が二陣営に分かれる世界大戦が勃発しました。

当初、独仏国境や伊仏国境では宣戦が膠着します。
しかし、ドイツ帝国が属国を参戦させると戦況は一方的になり、ノルマンディー上陸が決め手となってフランス軍は瓦解。
パリの陥落とともに終戦となりました。
ドイツ帝国は一連の戦争でリビアおよびマラヤの一部を新たに支配圏に加えることとなりました。

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** ドイツ人の理想郷 [#t9192053]
GDP1.08B、1人当たりGDP9.04、生活水準29.7。
1936年においてこれらは当然全て世界一であり、GDPは英仏の3倍以上、生活水準ではドイツ本土全29州が州別生活水準の上位29を独占するなど、ドイツは空前の繁栄を謳歌しています。
ここに、ドイツ人の理想郷は完成しました。

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しかし、完成とはまた、崩壊の始まりでもあります。
20世紀に入って以降、ドイツ帝国の成長が鈍化し、限界を見せつつありました。
一方で、ポーランドは1人あたりGDPでドイツに迫り、スカンジナビアは反ドイツロビーに突き動かされて独立への欲求を燻ぶらせています。
これまでドイツに利益をもたらしてきた支配圏の成長は、その足元を揺らがせるのでしょうか。

(完)

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