#author("2026-08-11T22:01:16+00:00","","") #author("2026-08-11T22:11:11+00:00","","") [[AAR]] **【第5話】欧州統一戦争 [#k4d06227] ***【北フランス制圧作戦】 [#g92a81d7] 1884年7月も終わりへと向かう頃、神聖ローマ帝国はフランス政府に対し、イル=ド=フランスやブルゴーニュといった北フランス地域の大半の割譲を要求する最後通牒を送付。 &ref(北フランス制圧作戦要求一覧.jpg); 1884年7月も終わりへと向かう頃、神聖ローマ帝国はフランス政府に対し、イル=ド=フランスやブルゴーニュといった北フランス地域の大半の割譲を要求する最後通牒を送付。この北フランスへの要求により、一連の欧州統一戦争が始まりました。ちなみにこの時点で、悪名は300へと増大し、いつ身の程戦争を仕掛けられても不思議ではない状況になりました。 この北フランスへの要求により、一連の欧州統一戦争が始まりました。ちなみにこの時点で、悪名は300へと増大し、いつ身の程戦争を仕掛けられても不思議ではない状況になりました。 &ref(悪名300.jpg); 北フランス制圧作戦には、再度イギリスが参戦。しかしそれも圧倒する攻勢により、最後通牒送付から1年半も経たずしてフランスは降伏。戦争開始時点の領土のうち、パリを含む大部分を割譲したフランスは列強の座から追放されることになりました。フランスが降伏し作戦を完遂した日、パリでは戦勝パレードが行われるとともに、この作戦の勝利を記念する塔をモニュメントとして建設することとなりました。技術者エッフェルが戦前から計画していたこの塔は「帝国戦勝塔」とでも名付けることにしましょう。 北フランス制圧作戦には、再度イギリスが参戦。しかしそれも圧倒する攻勢により、最後通牒送付から1年半も経たずしてフランスは降伏。戦争開始時点の領土のうち、パリを含む大部分を割譲したフランスは列強の座から追放されることになりました。 &ref(北フランス制圧作戦勝利.jpg); フランスが降伏し作戦を完遂した日、パリでは戦勝パレードが行われるとともに、この作戦の勝利を記念する塔をモニュメントとして建設することとなりました。技術者エッフェルが戦前から計画していたこの塔は「帝国戦勝塔」とでも名付けることにしましょう。 ***【戦火の拡大】 [#h32eab32] 続いて1886年1月1日、オーストリアから独立後にイタリアにて勢力を広げていたサン・マルコ共和国に最後通牒を送付。トスカーナ以外の全領土の割譲を要求しましたが拒否されたため、ヴェネツィア新年戦争が開戦。 &ref(ヴェネツィア新年戦争開始.jpg); 続いて1886年1月1日、オーストリアから独立後にイタリアにて勢力を広げていたサン・マルコ共和国に最後通牒を送付。トスカーナ以外の全領土の割譲を要求しましたが拒否されたため、ヴェネツィア新年戦争が開戦。といってもイタリアの新参国家に負けるはずもなく勝利します。 といってもイタリアの新参国家に負けるはずもなく勝利します。 &ref(ヴェネツィア新年戦争勝利.jpg); さらにオランダ侵攻も同年に実施し完遂。オランダはヨーロッパから追放され、オランダ政府は南米のオランダ植民地、スリナムに亡命します。果たしてオランダ政府は南米でかつての海上帝国に返り咲けるのでしょうか。まあ…さすがに無理でしょうね(笑) さらにオランダ侵攻も同年に実施し完遂。 &ref(オランダ侵攻勝利.jpg); オランダはヨーロッパから追放され、オランダ政府は南米のオランダ植民地、スリナムに亡命します。果たしてオランダ政府は南米でかつての海上帝国に返り咲けるのでしょうか。まあ…さすがに無理でしょうね(笑) このように神聖ローマ帝国は、占領地を拡大していきました。北フランスやイタリアなどの占領地では、レベル5に強化した警察が反政府運動や混乱を鎮めています。また秘密警察も戦時下の国内を安定に保つことを目的として隠密に活動しています。例としては1887年には戦線を拡大していく現政権へのクーデターを画策した第1軍司令官を秘密警察が暗殺。これによりクーデターは未然に防がれることとなりました。 1888年8月にはデンマークへ、翌年2月には解放したクロアチアへ全土併合の最後通牒を送付。どちらも戦争状態となりましたが難なく勝利し併合を進めていきます。 ***【ポーランド侵攻と北イタリア掃討】 [#m749b893] 1889年6月2日、ポーランド政府に対してクラクフ近郊を除くすべての地域の割譲を要求。20年前の領土への縮小という屈辱的要求を拒否したポーランドはオスマン帝国に参戦を要請。これをさらなる領土拡張のチャンスと捉えてオスマン属国のセルビアとワラキアの全領土の割譲を要求します。といっても負けるはずもなく結果的に大勝利。全要求を強制的に飲ませます。 1890年2月27日、サルデーニャへの全土併合要求が拒否されたため、サルデーニャ・ピエモンテ併合作戦を開始。イタリアの成り損ないは反乱軍に乗っ取られてサルデーニャ島に幽閉されました。 ***【フランスの瓦解】 [#nadcfa17] 1891年初頭、度重なる戦争で領土を大幅に喪失し経済的にも破綻した結果、「西欧の急病人」と言われるほどまでに落ちぶれたフランスに再度侵攻。 &ref(フランス欧州追放戦争.jpg); 1891年初頭、度重なる戦争で領土を大幅に喪失し経済的にも破綻した結果、「西欧の急病人」と言われるほどまでに落ちぶれたフランスに再度侵攻。流石のイギリスも負け戦と見たのか今回は参戦しませんでした。結果的にヨーロッパを追放され、フランス政府は西インド諸島へ亡命することになりました。亡命したからといって遷都先の西インド諸島のステート名を「フランス共和国」と改名してるのは流石に笑えますが。 流石のイギリスも負け戦と見たのか今回は参戦しませんでした。結果的にヨーロッパを追放され、フランス政府は西インド諸島へ亡命することになりました。 &ref(フランス欧州追放戦争勝利.jpg); 亡命したからといって遷都先の西インド諸島のステート名を「フランス共和国」と改名してるのは流石に笑えますが。 &ref(フランス亡命政府.jpg); さて、フランスが瓦解した今、我々の敵はイギリスのみとなりました。 既に我々は前ドレッドノート級戦艦や装甲巡洋艦の大量建造をしており、海軍のパワーバランスが拮抗するのも時間の問題でしょう。 ''さあ決着をつけよう。アシカ作戦を発動しろ。'' ***【コメント欄】 [#n7971546] #comment